事業のリストラクチャリングと 持合い解消による資金調達
-->
2003.17
事業のリストラクチャリングと
持合い解消による資金調達
砂川 伸幸
事業のリストラクチャリングと持合い解消による資金調達
神戸大学大学院経営学研究科
助教授 砂川伸幸*
1.はじめに
近年のわが国企業金融の特徴の 1つとして ,株式持合いの解消があげられる.ニッセイ
基礎研究所 (2001)によると,上場株式の時価総額に占める持合い株式の時価総額の比率
は,1990 年度には約18%であったが,2000 年度には 10 %まで低下している.同様に,1990
年度には 46%であった安定保有株式の比率は,2000 年度に 33%まで低下している.また,
Ang and Constand(1993)は,1990年代のわが国株式市場において,法人と金融機関の
持ち株比率が減少していることを指摘している.
株式持合いに関する研究が数多くなされているのに対 し,株式持合いの解消に関する研
究はほとんど行われていない1 .本稿では,とくに資金調達という面に焦点を当て,株式持
合いと持合い解消について理論的な考察を試みる.
富士総合 研究所(1993)が行ったアンケート調査によると,株式持合いの短所として企
業からの回答が多かっ たのは,株式の長期保有に伴う資金の固定化と資金効率の低下であ
る.この結果から推測すると,1990 年代以降に企業が株式持合いを解消した1つの理由は,
持合い株式を資金化し ,より効率的な(収益力の高い)投資を行うためであったと考えら
れる.本稿では,経営環境の悪化に直面した企業が,事業のリストラクチャリングを行う
ための資金調達手段として,株式持合いを解消するシナリオを考える.シェアード(1993,
pp.76-77)は,株式持合いの経済合理性の1つとして,企業収益の実現値が低いときに(持
合い株式を売却するこ とで)資金を捻出できる機能をあげている.本稿のシナリオは,シ
ェアードの指摘と整合的である.また,1990 年代以降,わが国企業が事業のリストラクチ
ャリングを行ってきた事実から,本稿のシナリオは現実的であるといえよう2.
*
〒657-8501 神戸市灘区六甲台2-1神戸大学大学院経営学研究科
Tel & Fax:078-803-6907
e-mail: isagawa@rose.rokkodai.kobe-u.ac. jp
1
株式持合いを理論的に取り上げた研究としては,Berglof and Perotti(1994)やOsano
(1996)がある.株式持合いに関するサーベイは,シェアード(1993)やCorbett(1994),
米沢(1995,第 5章)が詳しい.株式持合いの解消については,砂川(2002)が理論モデ
ルを提示している.
2
本稿のシナリオをサポートする記事をいくつか 紹介しておこう.「昨年度はリストラ資金
を調達したり,赤字を埋めるために保有株を売る企業が多かった」(日本経済新聞 2000 年 7
月12 日).「企業が銀行株売却を急いだ第一の理由はリストラ資金の捻出」(日本経済新聞
1999 年12 月28日).「企業や金融機関が株式持合いの解消を進めている.景気低迷が長引
1
本稿では,株式持合い・持合い解消を通じたリストラクチャリングの収益改善効果と,
エクイティ ・ファイナンスによるリストラクチャリングの収益改善効果を比較する.持合
い解消時に売却される株式数とエ クイティ・ファイナンスにおいて発行される株式数を等
しくすると ,株式持合い・持合い解消のスキームの方が,より多くの資金を調達でき,収
益改善効果が大きくなる.その直感的な説明は次の通りである.
経営環境の悪化に直面した企業は ,事業のリストラクチャリングという投資機会をもつ
が,経営環境の悪化していない企業に比べると,その株式は低く評価される.経営環境の
悪化していない企業の 株式は,事業のリストラクチャリングという投資機会がなくても,
相対的に高く評価され る.株式持合い解消による資金調達では,売却する株式の評価,す
なわち持合い相手の株価が重要に なる.自社の経営環境は悪化しているが,持合い相手企
業の経営環境が悪化していなけれ ば,持合い株式は高い価格で売却できる.エクイティ・
ファイナンスにおいて売却するの は,経営環境が悪化している自社の株式であり,売却価
格は低くなる.自社の経営環境と持合い相手企業の経営環境が完全に相関をもたない限り,
株式持合い ・持合い解消による資金調達額は,エクイティ・ファイナンスによる資金調達
額を上回る.
本稿のモデ ルは,株式持合いが企業価値や株式価値にとって好ましい財務政策であると
いうインプリケーショ ンをもつ.すなわち,将来の経営環境が悪化する場合に備えて株式
持合いを選択すること は,株式持合いを選択しない場合に比べて,事前の企業価値を高め
る.既存の研究と異なり,持合いの解消まで考慮して,株式持合いに対する経済合理性を
示したことが本稿の特徴である.
本稿の構成は次の通りである.第 2 節では ,事業のリストラクチャリングに関するモデ
ルを設定する.第 3節では,株式持合い解消による資金調達について分析する.第 4 節で
は,エクイティ・ファイナンスによる資金調達を分析する.第 5 節では,両者の資金調達
能力を比較 し,株式持合い・持合い解消のスキームが好ましい可能性について議論する.
第6 節は,本稿のまとめである.
2.モデル
リスク中 立,利子率ゼロの経済において,株式を相互に持合っている企業aと企業bを
考えよう.簡単化のため,両企業の発行済み株式数は 1+nで,お互い相手企業のn株を保
有しているとする.したがって,α≡n/(1+n) と定義すると,両企業の株式持合い比率はαと
なる.もちろん,0<α<1 である.
くなか資産効率の改善が急務となっ ており,各社とも保有株を見直している」(日本経済新
聞1998 年7 月22日夕刊).「昨年以降,株式の持合い構造が急速に崩壊し始めているのは,
リストラ(事業の再構築)の進展に伴い,投資採算に合わない株式を売却する動きが強ま
ってきていることが大きい」(日経金融新聞 1996 年 8 月 20 日).
2
各企業は ,持合い株式に加え事業資産を保有している.事業資産の収益は,企業が直面
する経営環境に依存する.経営環境が悪化しなければ(状態G),両企業の事業資産は期末
にX の事業収益をもたらす.経営環境が悪化すれば(状態B),両企業の事業資産は期末に
Y(Y<X)の収益をもたらす.ただし,状態Bに直面した企業は,事業のリストラクチャリ
ングを実施 し,収益の改善を図ることができる.リストラクチャリングには,追加資金が
必要である.第 3節では,持合い株式の売却による資金調達を分析する.第 4 節では,エ
クイティ・ファイナンスによる資金調達を議論する.経営環境が悪化した企業が,新たに
調達できる資金をC としよう.この資金を用いてリストラクチャリングを行うことで,状
態Bにおける企業の事業収益はRC だけ改善される(0<R).RCは事業のリストラクチャ
リングによる収益改善の大きさを表している3 .株主価値の最大化を目的とする企業は,状
態B に直面したとき,株式持合いを解消することで資金を調達し,事業のリストラクチャ
リングを行うインセンティブをもつ.
記号の煩雑さを避けるため,以下では,各企業は確率 1/2 で状態Gに直面し,確率 1/2 で
状態B に直面するとしよう.さらに,状態の生起は企業間で独立であると仮定する.すな
わち,企業aが状態sa∈{G, B},企業bが状態sb∈{G, B} に直面する事象をイベント(sa, sb)
とすると,イベント(G, G),イベント(G, B),イベント(B, G),イベント(B, B)の生
起確率はそれぞれ1/4 である4.
3.株式持合い解消による資金調達
状態B に直面した企業は,資金を追加投入し事業をリストラクチャリングすることで収
益を改善できる.企業aと企業bは対称的であるから,以下では企業aについて考える.
企業aが資金を必要とするのは,イベント(B, G)とイベント(B, B)においてである.
まず,イベント(B, G)が生起した場合を考えよう.イベント(B, G)における企業j∈{a,
b} の株価をP
j
(B, G) と記す.企業aは保有している企業bの株式を売却し,売却資金をリ
ストラクチャリングに用いるから,その資産価値はY+(1+R) nPb (B, G) である.企業aの
発行済み株式数は 1+nであるから,株価は
n
G
B
nP
R
Y
G
B
P
b
a
+
+
+
=
1
)
,
(
)
1
(
)
,
(
(1)
で与えられる.
経営環境が悪化していない企業b には資金需要がなく,保有している企業aの株式を売
3
本稿では記 号の煩雑さを避けるため,各状態における 2 企業の事業収益は同一であると仮
定するが,各企業の事業収益が異なる状況を考えても,議論のエッセンスは変わらない.
4
これらイベントの生起確率に関する特定化も記 号の煩雑さを避けるためであり,議論のエ
ッセンスには影響しない.
3
却する理由がない.この場合,企業bは企業aの株式を保有し続けると仮定しよう5.企業
bの資産価値は,事業収益Xと保有する企業aの株式価値nP
a
(B, G) の和である.発行済み
株式数は 1+nであるから,企業bの株価は,
n
G
B
nP
X
G
B
P
a
b
+
+
=
1
)
,
(
)
,
(
(2)
で与えられる.
持合い比率の定義α≡n /(1+n) に注意して(1)(2)を解くと,下記が導かれる.
2
)
1
(
1
]
)
1
(
)[
1
(
)
,
(
α
α
α
R
X
R
Y
G
B
P
a
+
−
+
+
−
=
(3)
2
)
1
(
1
]
)[
1
(
)
,
(
α
α
α
R
Y
X
G
B
P
b
+
−
+
−
=
(4)
ただし,持合い比率αと収益率Rは,1-(1+R) α2>0 を満たすとする.
企業aは企業bの株式をn株売却 し,その資金を事業に投入する.したがって,収益改
善の大きさI (B, G) は,
2
)
1
(
1
)
(
)
,
(
)
,
(
α
α
α
R
R
Y
X
R
G
B
nP
G
B
I
b
+
−
+
=
=
(5)
で与えられる.途中,n=α/(1-α)を用いてある.
次に,イベント(B, B)について考えよう.この場合,両企業とも持合い株式を売却し
て事業のリストラクチャリングを行い収益の改善を図る.したがって,イベント(B, B)
における企業j∈{a, b}の株価をP
j
(B, B) とすると,次の2式が成り立つ.
n
B
B
nP
R
Y
B
B
P
b
a
+
+
+
=
1
)
,
(
)
1
(
)
,
(
(6)
n
B
B
nP
R
Y
B
B
P
a
b
+
+
+
=
1
)
,
(
)
1
(
)
,
(
(7)
(6)(7)式を解くと,
5
この仮定は ,次の理由でサポートされる.第 1 に,本稿が仮定するように,企業とマーケ
ットの間に情報の非対称性がなく,マーケットがイベントを正しく認識できるとき,企業b
が持合い株式を売却するか否かは均衡に影響しない.第 2 に,砂川(2003)で示されてい
るように,情報の非対称性が存在するとき,状態Bに直面した企業(いまの場合は企業b)
が,持合い株式を売却しない積極的な理由がある.
4
R
Y
B
B
P
B
B
P
b
a
α
α
α
−
−
−
=
=
1
)
1
(
)
,
(
)
,
(
(8)
が得られる.ただし,1-α-αR>0 とする.
(8)より,イベント(B, B)における企業aの収益改善の大きさI (B, B) は,
R
YR
R
B
B
nP
B
B
I
b
α
α
α
−
−
=
=
1
)
,
(
)
,
(
(9)
で与えられることが分かる.
このように,経営環境の悪化に際して持合い株式を売却することで,企業は(5)あるい
は(9)の収益改善効果を得られる.もちろん,持合い解消以外にも資金を調達する方法は
ある.次節では,代表的な資金調達手段であるエクイティ・ファイナンスについて考える.
4.エクイティ・ファイナンスによる資金調達
企業aと企業bが株式を持合っていない状況を考えよう.この場合,経営環境の悪化に
直面した企 業は,外部資金調達を行う必要がある.ここでは,企業がエクイティ・ファイ
ナンスによる資金調達を行うとする .企業aと企業bは対称的だから,企業aについての
み分析する.企業aがエクイティ・ファイナンスを行う以前の発行済み株式数は 1,エクイ
ティ ・ファイナンスによる新規発行株数をnとする.エクイティ・ファイナンス後の企業a
の発行済み株式数は 1+nとなり,株式持合いの場合の発行済み株式数と等しくなる.こう
することで ,株式持ち合い解消とエクイティ・ファイナンスにおける一株あたりの資金調
達額が比較できる6.
エクイティ・ファイナンスの必要があるのは,状態Bが生起したときである.状態Bに
おける企業aの株価をPa (B) としよう.エクイティ・ファイナンス後の資産価値は,事業収
益Y+(1+R) P
a
(B) であるから,株価は,
n
B
nP
R
Y
B
P
a
a
+
+
+
=
1
)
(
)
1
(
)
(
(10)
で与えられる.n=α/(1-α)を用いて(10)をP
a
(B) について解くと,
R
Y
B
P
a
α
α
α
−
−
−
=
1
)
1
(
)
(
(11)
が得られる.
6
例えば授権資本枠が 1+n株に限られている状況を考えるとよい.
5
(11)は,株式持合い下でイベント(B, B)が生起した場合の株価(8)に一致する.し
たがって,エクイティ・ファイナンスによる収益改善の大きさI (B) は(9)と等しく,
R
YR
B
I
α
α
α
−
−
=
1
)
(
(12)
で与えられることが分かる.
状態Gに おいて,企業はエクイティ・ファイナンスをする必要がなく,株価はXで与え
られる.ここで,
(13)
Y
X
R
B
P
X
a
)
1
(
)
1
(
)
(
α
α
α
−
>
−
−
⇔
>
を仮定しよう.条件(13)は,収益改善効果を考慮しても,状態Bにおける株価は状態G
における株価を下回ることを意味し ている.これは,不自然な仮定ではない.(13)を書き
改めると,
X
Y
X
R
α
α/
)
1
)(
(
−
−
<
となるから,(13)はリストラクチャリングによる収益改善効果が極端に大きくないことを
意味している.
4.株式持合い・持合い解消の経済合理性
条件(13)が成り立つとき,各イベントにおける株式持合い下の株価について,次の補
題で示す大小関係が成り立つ.
補題1 条件(13)の下では,下記が成り立つ.
X
G
G
P
B
G
P
G
B
P
B
B
P
Y
a
a
a
a
=
<
<
<
<
)
,
(
)
,
(
)
,
(
)
,
(
(補題1の証明)イベント(G, G)では,両企業とも追加投資しないことに注意すると,
株価がX になることは容易に確認できる.条件(13)が満たされるとき,
0
1
]
)
1
(
)
1
[(
)
,
(
2
2
>
−
−
−
−
−
−
=
−
R
Y
X
R
B
G
P
X
a
α
α
α
α
α
α
0
1
]
)
1
(
)
1
)[(
1
(
)
,
(
)
,
(
2
2
>
−
−
−
−
−
−
−
=
−
R
Y
X
R
G
B
P
B
G
P
a
a
α
α
α
α
α
α
6
0
)
1
)(
1
(
]
)
1
(
)
1
)[(
1
(
)
,
(
)
,
(
2
2
>
−
−
−
−
−
−
−
−
+
=
−
R
R
Y
X
R
R
B
B
P
G
B
P
a
a
α
α
α
α
α
α
α
α
0
1
)
,
(
>
−
−
=
−
R
RY
Y
B
B
P
a
α
α
α
であるから,上の大小関係が成立する.
株式持合い ・持合い解消による資金調達とエクイティ・ファイナンスによる資金調達を
収益改善効果の観点から比較しよう .まず,(8)(12)より,株式持合いの相手である企業
bが状態B に直面するとき,企業aにとって持合い解消とエクイティ・ファイナンスは無
差別であることが分かる.次に,(5)(12)より,持合い相手企業bが状態Gに直面する
とき,持合い解消を通じた収益改善効果とエクイティ・ファイナンスによる収益改善効果
の差額Δは,
)
1
)(
1
(
]
)
1
(
)
1
[(
)
(
)
,
(
2
2
R
R
Y
X
R
R
B
I
G
B
I
α
α
α
α
α
α
α
α
−
−
−
−
−
−
−
−
=
−
≡
∆
(14)
で与えられる.条件(13)の下ではΔ>0 である から,株式持合い解消による資金調達の方
が企業にとって好ましい.
命題1 条件(13)が成り立つとき,経営環境が悪化した企業にとって,株式持合い・持
合い解消のスキームの方が,エクイティ・ファイナンスより好ましい.
自社の経営環境が悪化した場合で も,持合い相手企業の経営環境が悪化していなければ,
持合い株式の価値は極端に低下しない.したがって,イベント(B, G)において,株式持
合い ・持合い解消のスキームは,エクイティ・ファイナンスより多くの資金を調達できる.
この結果は,Nakatani(1984)が指摘する株式持合いの分散効果と整合的である7.企業は,
将来における経営環境の悪化に備えて株式持合いを行い ,資金が必要となった場合に持合
い株式を売却することで資金を調達する.
事前的な株価の観点 から,株式持合い・持合い解消のスキームとエクイティ・ファイナ
ンスを比較しよう.イベントが生起する事前の段階において,株式持合いを選択した企業a
の株価P
a
(CH) は下記で与えられる.
)]
,
(
)
,
(
)
,
(
)
,
(
[
4
1
)
(
B
B
P
G
B
P
B
G
P
G
G
P
CH
P
a
a
a
a
a
+
+
+
=
(15)
7
Nakatani(1984)は,系列企業の業績が非系列企業の業績に比べて安定的であることを
報告している.
7
一方,株式を持合わず,エクイティ・ファイナンスによる資金調達を選択した場合,企業a
の株価P
a
(E) は下記で与えられる.
)]
(
)
(
[
2
1
)
(
B
P
G
P
E
P
a
a
a
+
=
(16)
ただし,Pa (G) は状態Gが実現した場合の企業a の株価,Pa (B) は状態Bが実現した場合の
企業aの株価である.
補題1で示したようにPa (G, G)= Pa (G)=Xであり,(8)(11)よりPa (B, B)= Pa (B) であ
るから,
)]
(
)
(
)
,
(
)
,
(
[
4
1
)
(
)
(
B
P
G
P
G
B
P
B
G
P
E
P
CH
P
a
a
a
a
a
a
−
−
+
=
−
(17)
が得られる.企業aと企業bの対称性よりPa (G, B)=Pb (B, G) に注意して(17)の右辺を計
算すると,
0
)
1
)(
1
(
4
]
)
1
(
)
1
[(
)
(
)
(
2
2
>
−
−
−
−
−
−
−
−
=
−
R
R
Y
X
R
R
E
P
CH
P
a
a
α
α
α
α
α
α
α
α
(18)
が成り立つ.最後の不等式は,条件(13)より成立する.次の命題が得られる.
命題2 条件(13)が成り立つとき,株式持合いは企業の株価にとってポジティブである.
命題 2の直感的な説明は次の通りである.株式持合い・持合い解消のスキームを選択す
ると,イベント(B, B)(B, G)において,企業a自身の収益改善効果がもたらされる.加
えて,イベント(G, B)において,企業bの収益改善効果が株価に貢献する.イベント(G,
B)においては,企業bが持合い株式を資金化し事業のリストラクチャリングによる収益改
善を試みる.その結果,企業bの株式を保有する企業aの資産価値は高まり,株価にも好
影響を与える.このように,株式持合い下においては,確率 3/4 で収益改善効果が期待でき
る.一方,株式持合いを行わず,エクイティ・ファイナンスによる資金調達を選択する場
合,収益改善効果がもたらされるのは,企業aが状態Bに直面する場合のみであり,その
確率は1/2 である.
命題2が示すように ,経営環境の悪化にともない,事業のリストラクチャリングを行う
ための資金需要が生じる状況では ,株式持合いが株主価値を高める財務政策となる8.この
8
これに対し て,若杉(1982)は,株式持合いが株価に影響しないという中立命題を導い
ている.本稿では,持合い解消後,状態Bに直面した企業の収益が改善されると想定して
いるが,若杉(1982)ではこのような想定はなされていない.もちろん,本稿のフレーム
ワークにおいても,R=0 とおけば,株式持合いや持合い解消は株価に対して中立要因とな
8
ように本稿 は,将来の持合い解消の可能性を考慮して,企業が株式持合いを行うメカニズ
ムを示している.
6.まとめ
本稿では ,経営環境が悪化した場合の資金調達という観点から,企業の株式持合いと持
合い解消を 議論した.経営環境が悪化した場合,企業は事業のリストラクチャリングを行
うことで収益の改善を 図る.株式持合いの解消は,企業がリストラクチャリングに必要な
資金を調達する手段と なる.発行する株式数を一定にして,株式持合い・持合い解消のス
キームとエ クイティ・ファイナンスを比較すると,前者のほうが資金調達能力に優れてい
る.自社の経営環境が悪化していても,持合い相手企業の経営環境が悪化していなければ,
持合い解消により売却する相手企業の株式は相対的に高く評価され る.エクイティ・ファ
イナンスにおいて発行する自社株 式は,経営環境の悪化を反映して相対的に低く評価され
る.このように,本稿のフレームワークでは,株式持合い・持合い解消による資金調達の
方が,エクイティ・ファイナンスによる資金調達より収益改善効果が高い.将来の持合い
解消まで考慮すると,株式持合いは企業の株価に好影響を与える.
[2003.7.28 655]
引用文献
砂川伸幸,2002,「株式持合いと持合い解消-エントレンチメント・アプローチ-」,経営
財務研究 22(2),93-106.
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倉澤資成,1984,「株式持合と企業価値」,ファイナンス研究1,43-58.
ニッセイ基礎研究所,2001,「株式持合いの状況調査 2000 年度版」
富士総合研究所,1993,「メインバンク・システムおよび株式持ち合いについての調査」
二木雄策,1984,「株式持合いの財務効果―若杉,倉澤論文に対するコメント―」,ファイ
ナンス研究2,37-47.
る.株式持合いが株価に与える影響については,二木(1975)や倉澤(1984)の研究も有
益である.
9
10
米澤康弘,1995,『株式市場の経済学』,日本経済新聞社.
若杉敬明,1982,「株式持合の財務的意義」,日本経営財務研究学会編『日本的経営財務の解
明』,中央経済社.
ポール・シェアード,1993
,「日本の株式持合いと企業支配」,ファイナンシャル・レビュ
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Ang, J., and R. Constand, 2002, The Portfolio Behavior of Japanese Corporations'
Stable Shareholders, Journal of Multinational Financial Management 12, 89-106.
Berglof, E., and E. Perotti, 1994, The Governance Structure of the Japanese Financial
Keiretsu, Journal of Financial Economics 36, 259-284.
Corbett, J., 1994, An Overview of the Japanese Financial System, in N. Dimsdale and
M. Prevezer, ed., Capital Market and Corporate Governance , Oxford University Press,
Oxford.
Nakatani, I., 1984, The Economic role of Financial Corporate Grouping, in M. Aoki ed.,
Economic Analysis of the Japanese firm, Elsevier, New York.
Osano, H., 1996, Intercorporate Shareholdings and Corporate Control in the Japanese
Firm, Journal of Banking and Finance 20, 1047-1068.
ディスカッション・ペーパー出版目録
番号
著者
論文名
出版年月
2002・1 砂川 伸幸
株式持合いと持合い解消:エントレンチメント・アプローチ
1/2002
2002・2 砂川 伸幸
自社株買入れ消却と株価動向の理論
1/2002
2002・3 大倉 真人
An Equilibrium Analysis of the Insurance Market
with Vertical Differentiation
2/2002
2002・4
Elmer Sterken
得津 一郎
What are the determinants of the number of bank relations of
Japanese firms?
3/2002
2002・5 大倉 真人
レビュー・アーティクル
―保険市場における逆選択研究の展開―
3/2002
2002・6 大倉 真人
Welfare Effect of Firm Size in Insurance Market
3/2002
2002・7 砂川 伸幸
投資期間と投資行動
―短期トレーダーと長期トレーダーの投資戦略―
3/2002
2002・8
奥林 康司
高階 利徳
大企業OB会会員の職務経歴と再就業に関する
実態調査報告書(2
)-Y社OB会の実態調査-
4/2002
2002・9 清水 一
課税均衡の存在
―不完備市場モデルへの資本所得税の導入―
4/2002
2002・10 砂川 伸幸
ファイナンシャル・ディストレス・コストと負債の
リストラクチャリング―債務免除と債務の株式化―
4/2002
2002・11 砂川 伸幸
Open-Market Repurchase Announcements, Actual Repurchases,
and Stock Price Behavior in Inefficient Markets
<revised version of No.2001・36>
5/2002
2002・12
忽那 憲治
Richard Smith
Why Does Book Building Drive Out Auction Methods of IPO
Issuance? Evidence and Implications from Japan
5/2002
2002・13 宮下 國生 International Logistics and Modal Choice
6/2002
2002・14 清水 一
不完備市場における課税均衡の存在:公共財供給のケース
6/2002
2002・15 清水 一
資本所得税による課税均衡のパレート改善可能性について
6/2002
2002・16 奥林 康司 China-Japan Comparison of Work Organization
7/2002
2002・17
水谷 文俊
浦西 秀司
The Post Office vs. Parcel Delivery Companies : Competition
Effects on Costs and Productivity
〈revised version of No.2001・33〉
7/2002
2002・18 音川 和久
Earnings Forecast and Earnings Management of Japanese Initial
Public Offerings Firms
8/2002
2002・19 竹中 厚雄
海外研究開発拠点の類型化
8/2002
ディスカッション・ペーパー出版目録
番号 著者
論文名
出版年月
2002・20 中野 常男
オランダ東インド会社と企業統治
―最初期の株式会社にみる会社機関の態様と機能(1)―〈改訂版〉
8/2002
2002・21 中野 常男
イギリス東インド会社と企業統治
―最初期の株式会社にみる会社機関の態様と機能(2)―
8/2002
2002・22
水谷 文俊
浦西 秀司
Privatization Effects on TFP Growth and Capital Adjustments
8/2002
2002・23
高尾 厚
大倉 真人
わが国簡易保険事業の民営化論に関する若干の考察
9/2002
2002・24 水谷 文俊
Privately Owned Railways' Cost Function, Organization Size and
Ownership
9/2002
2002・25
水谷 文俊
浦上 拓也
A Private-Public Comaprison of Bus Service Operators
9/2002
2002・26 宮原 泰之 Principal-Multiagent Relationships with Costly Monitoring 10/2002
2002・27 砂川 伸幸 Unwinding of Cross Shareholding under Managerial Entrenchment 10/2002
2002・28 平野 光俊
社員格付け制度における条件適合モデル
―職能資格制度と職務等級制度の設計と運用の課題―
11/2002
2002・29 高尾 厚
わが国の近代保険導入における福澤諭吉の「創発効果」
11/2002
2002・30 清水 泰洋
税法における暖簾の償却問題の展開
-米国Newark Morning Ledger事件まで-
11/2002
2002・31 村上 英樹
An Economic Analysis of Duopolistic Competition between
Gulliver and Dwarf airlines : The case of Japanese Domestic Air
Markets
11/2002
2002・32
高尾 厚
大倉 真人
近代保険生成に関するシミュレーション分析
-「創発と相転移」の再現-
12/2002
2002・33 砂川 伸幸
Mutual Shareholding and Unwinding of Mutual Shareholding as
Stockpile for Business Recovery
12/2002
2002・34 原 拓志
バイオ分野における日本のTLOの現状と課題
12/2002
2003・1 國部 克彦
環境会計を企業経営に役立てるためには何が必要か
1/2003
2003・2 田中 一弘
経営者の埋め込みとエントレンチメント
―企業ガバナンスへの複眼的アプローチに向けて―
2/2003
2003・3
水谷 文俊
浦西 秀司
The Effects of Privatization on TFP Growth and Capital
Adjustments
2/2003
2003・4
楊 佳音
奥林 康司
人事制度から見た上海日系企業従業員の移動
3/2003
ディスカッション・ペーパー出版目録
番号 著者
論文名
出版年月
2003・5 平野 光俊
人的資源管理における情報の非対称性の生成と克服
-小売業 2社の人事異動のケースを中心に-
3/2003
2003・6 音川 和久
Market Liquidity around Quarterly Earnings Announcements:
Evidence in Japan
3/2003
2003・7
砂川 伸幸
山下 忠康
借手のリスク・インセンティブと貸手のリスク・インセンティブ
3/2003
2003・8
忽那 憲治
Marc Cowling
Determinants of Small Business Loan Approval :
Evidence from Japanese Survey after 1997 Financial Crisis
3/2003
2003・9 増村 紀子
四半期財務情報の公開と社債コスト
4/2003
2003・10
砂川 伸幸
岡田 克彦
Corporate Financial Strategy and Stock Price Behavior
in a Noise Trader Model with Limited Arbitrage
4/2003
2003・11 平野 光俊
双対原理の 2つの組織モードと個人
情報の非対称性
5/2003
2003・12
忽那 憲治
Richard Smith
Why Does Book Building Drive Out Auction Methods of IPO Issuance?
Evidence from Japan (Revised version)
5/2003
2003・13
忽那 憲治
Janet Kiholm
Smith
Richard L. Smith
Banking Relationships and Access to Equity Capital Markets:
Evidence from Japan's Main Bank System
5/2003
2003・14 久保 英也
日本の企業年金制度の現状と課題
6/2003
2003・15 村上 英樹
低費用航空会社による運賃競争の時間効果とスピルオーバー効果の
計測:米国内複占市場のケース
7/2003
2003・16 上林 憲雄
日本型ビジネススクール教育の論点と課題
7/2003
2003・17 砂川 伸幸
事業のリストラクチャリングと持合い解消による資金調達
7/2003
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